キリスト教会の礼拝に参加してもキリスト教全般のことや教義についてほとんど学べません。
それではどのようにするとキリスト教について知ることができるのでしょうか。
キリスト教会に通ってもキリスト教についてはあまり学べない
意外かもしれませんがキリスト教会に通ってもキリスト教についてほとんど学ぶ機会はありません。
礼拝に出席すると牧師の説教を聴けます。
しかし説教はキリスト教やキリスト教の教義についての講義ではなく、礼拝の説教でキリスト教について体系的に説明したりはしません。
礼拝とは別に聖書に関するちょっとした学習会的なものが教会内で行われることもあるかもしれませんが、軽く触れる程度の内容か、一つのポイントだけ少し説明する程度のもので、キリスト教全体について知ることができるようなものはありません。
いくらキリスト教会に通い続けてもキリスト教やキリスト教の教義や聖書の内容に詳しくはなれません。
キリスト教について独学していてキリスト教についてそれなりに詳しく知っている信徒も少しいますが、基本的に教会に通っているだけでキリスト教関連書籍を自分で読んだんりはしないキリスト教徒ならあまりキリスト教に詳しくなかったりします。
キリスト教や聖書の内容について知るには本で独学するしかない
キリスト教や聖書の内容について知るには本を読んで独学するしか方法はありません。
いきなり聖書を読んでも意味が分からない
ヘブライ語聖書(旧約聖書)と新約聖書がキリスト教の教典なのでまず聖書を読もうと思うかもしれません。
何から読んでも自由ですが、いきなり聖書を読むと意味が分かりません。
長すぎて、古代人の家系や古代人の儀式の方法や古代人の祭壇の作り方の寸法の説明などが長々と書かれていたりし、読んでいるうちに話の流れもよく分からなくなってきます。
倫理観の欠如した古代人の凶暴な文書を読んでいると気分も悪くなってきます。
ですのでいきなり聖書を読むのが気が進まなければ先にキリスト教の概要を説明した入門書などを読むのもおすすめです。
キリスト教全般や教義などを説明している本
キリスト教と仏教とイスラム教は有名なので、これらの入門書のようなものは書店にいくらでもあります。真面目にキリスト教について説明していて読む価値のある本もあれば、短期間売れて金が儲かればそれでOKというスタンスの読むに値しない本まで、色々あります。
色々読む中で、真面目な著者が真面目に書いている本を見つけていくしかありません。
少なくともヘイト本を出版している出版社の本は初めから読まない方がいいです。
キリスト教の入門書のような本
以下のような、信仰の対象としてキリスト教に関心があるというわけではない人を主な対象にしていると思われるキリスト教入門書もあります。
そのような本も役立ちます。
聖書の読み方などに関する本
聖書の読み方などに関する本も読むことをおすすめします。
間違った信仰の持ち方の例として、聖書に書いてあることはすべて良いことだと思い込んだり、聖書は神が書いた本で内容はすべて正しいと思い込んだり、聖書に書いてある神話を事実だと思い込んだり、キリスト教だけが正しくてキリスト教徒以外の人間は神を知らない人間だと思い込む、などの例があります。
このような間違った信仰の持ち方をすると、歴史上キリスト教会が世界各地で繰り返してきたような殺戮行為を再びおこなったり、戦争を起こしたりすることにつながります。
聖書は直接的には人間が書いたもので間違いも多い、古代の奴隷制社会で生きていた人間たちが書いた書物なので現代の人権意識や倫理観からみて完全に間違っている内容も当然多い、字面を読んでそのまま信じ込むようなものではない、というようなことは必ず心得る必要があります。
聖書がそのような本なら、教典として読むときにはいったいどのように読めば良いのかというと、非常に難しくて無学な私では説明ができませんが以下のような本に手がかりが書いてあります。
キリスト教専門書店に行ってみるのもおすすめ
出張で都市部に行った時や、休日に列車で都市部に行った時などに、キリスト教専門書店に寄ってみるのもおすすめです。
キリスト教入門的な本が多数見つかります。
現在は出版の自由があり、様々な著者の様々な本が出版され、キリスト教書店にも様々な種類のキリスト教入門的な本が並んでいます。
そのため、当然ながら真面目な著者が書いた真面目なキリスト教入門の本もあれば、キリスト教徒の両親のもとに生まれてキリスト教に囲まれて大人になりキリスト教の組織内で一定の地位を得てキリスト教を盲信して暮らしているような著者が書いたと思えるキリスト教入門の本もあります。
手頃そうな本を買って読んで、ナンセンスな内容だったならまた別の手頃そうな本を買って読みましょう。本はそのようにして読むものです。初めから自分が求めていた素晴らしい本をピンポイントで見つけて読むというのは無理で、色々な本を手に入れて読んでプラスに批判したりマイナスに批判したりすることで糧になっていきます。
ただしヘイト本は無くすべきです。ヘイトスピーチは最終的に大量殺戮を起こして社会を破壊するものであり、人を差別して言葉の暴力をあびせたり脅迫したりして相手の自由や命を奪おうとする本なら、相手と議論する気が全く無いということで、まともな本ではありません。
まともな本というものは出版して読者が読んで批判したり著者が批判に応えたり反論したりして交流するもので、相手の命を奪うようなことは絶対にせずお互いに生かし合うものです。